デフリンピックのリレーで金メダルをとった岡本選手「次も出場したい」と話しました
朝日新聞社が提供した画像を使っています。
2025年11月に行われたデフリンピック東京大会のニュースです。
男子400メートルリレーで、 大阪府 豊中市出身の岡本隼選手が金メダルをとりました。デフリンピックは聴覚障害者が出場する、4年に1度開かれる国際 スポーツ 大会です。「4年後の大会にも出場したい」と言いました。
岡本選手について
岡本選手は生まれた時から聴覚に障害があります(聞こえません)。でも、近くで話している人のことばは、聞くことができます。豊中市立第五中学校で陸上競技をはじめました。全国大会に出たこともあります。
聴覚障害のある選手が参加するデフリンピックの陸上競技には、高校生のときにはじめて参加しました。両親(お父さんとお母さん)にすすめられて大会に出ました。18歳以下の日本代表に選ばれました。世界大会で金メダルをとりました。
2024年の日本選手権では、100メートルでよい順位になれませんでした。このため、デフリンピックの個人種目で出ることはできませんでした。でも、400メートルリレーの代表選手には選ばれました。岡本選手はリレーでいちばん最初に走る人に選ばれました。
デフリンピックの決勝について
大会で、日本チームは予選に勝って決勝に進みました。お客さんは大きな声を出して応援しました。「自分が主人公になったみたい」。お客さんが背中を押してくれる(自分にがんばれ、と言ってくれる)ようだったと話しました。
聴覚障害者が参加する陸上競技のスタートは、ピストルの音と、足もとに置かれたランプが合図です。ランプだけをみて、スタートしました。上位で次の人にバトンを渡しました。日本のチームは41秒22、世界記録に近いタイムでした。優勝しました。
岡本選手は「金メダルの瞬間はやったというより、ホッとした気持ちだった」と言いました。自分がメンバーに入ったせいで優勝できなかったらと、ずっと心配でした。レースの後の取材では泣いてしまって、質問に答えられませんでした。表彰式で金メダルをもらったとき、うれしいと思うことができました。
いまは、近畿大学工学部の大学生です。練習をがんばっています。デフリンピックに出場して、新しい目標ができました。
「社会人になっても陸上競技を続けて、4年後のアテネ大会には個人種目で出たい」と話しました。
これはアルファサードが朝日新聞の記事を
「デフリンピック」とは何ですか?
デフリンピックとは、耳が聞こえない人や耳が聞こえにくい人のための、いちばん大きいスポーツの大会です。オリンピック・パラリンピックと同じように、4年に1回行います。
障害のある人の大会はパラリンピックが有名ですが、デフリンピックはパラリンピックより昔から行っています。1924年の「世界ろう者競技大会」から始まりました。2001年には「デフリンピック」という名前になりました。デフ(Deaf)とは、英語で「耳が聞こえない」という意味です。
これはアルファサードで独自に調査・確認した解説です。
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